「卒業式の日の藤崎詩織〜伝説の樹の下の裏側で〜」


最終幕:そして… 藤崎詩織の卒業式

「藤崎さん、 お久しぶり…」
 春の風を思わせるような暖かい声が不意に後ろから聞こえてきたので振り返った私は、そこにいる背の高い少女の姿を見て驚きました。
「八重さん!?」
 ひびきの高校の八重花桜梨さん。最初は面識がなかったのですが、虹野沙希ちゃんから紹介されて、いろんなところに遊びに行くような間柄になっていました。
 もちろん昨年の春からは私の悩みを親身になって聞いてくれるようになったし、いろんなことを相談されたこともあります。
 …でも確か八重さんのいるひびきの高校も今日が卒業式だったはずでは?
「うん、卒業式、サボってきた…」
 八重さんは全く悪びれた風もなく、あっさりと言ってのけました。
「だって、卒業証書…」
「私の卒業証書は、屋上で貰った。 3年間私を支えてくれた彼に告白して、彼からOKを貰って… その時に伝説の鐘の祝福を受けた、それだけで私は充分だよ」
 きらめき高校の伝説の樹と同じように、ひびきの高校にも伝説の鐘があります。卒業式の日に女の子から告白して伝説の鐘の祝福を受けたカップルは、永遠に幸せになれる… どこの高校でもそんな伝説があるのでしょうね。
「そうだったんだ、おめでとう、八重さん!」
 私がそう言って八重さんを祝福していると、トランシーバーの向こうで誰かが喋っているのが聞こえてきました。
「もしもし、こちら北見です。そちらはまだ藤崎さんですか?」
 トランシーバーの向こうで喋っているのは、北見呼人くん。ひびきの高校の男子バレー部のキャプテンだった人です。
「こちら藤崎です。北見くん? いったいどういう…」
 私が絶句した感じで聞くと、北見くんは私の質問には答えず、
「あ、藤崎さん? 悪いんですけど、花桜梨と代わって貰えませんか?」
 と言ってきました。私は仕方がないという風情で、八重さんに代わりました。
「もしもし、…あっ、呼人くん? …そっか、そっちも代わったんだ。こっちも藤崎さんからバトンタッチする。 …うん、分かった。こっちの準備が出来たら連絡する。それじゃ、誠くんに『頑張って!』って言ってあげてね!」
 八重さんはそう言ってトランシーバーを切りました。
「さあ、本日最大のメインイベントだね。頑張ってね、藤崎さん!」
 八重さんはそう言って私を励ましました。

「まあ私も知っているけど、お約束みたいだから質問します。藤崎さんがこれから告白する相手は誰ですか?」
 八重さんは真剣な表情で私に聞きました。私もそんな表情をしながら聞いていたのかな、そう感慨に耽っていました。
「八重さんも御存知だと思いますけど、まあお約束ですしね。」
 私は八重さんにそう言って、ひと呼吸おきました。そして…
「私、幼馴染みで生徒会長の横山誠くんに告白します。」
 そう宣言しました。
 八重さんは黙って私を見つめています。
「私、誠くんを小さい時から見つめていました。小さい時一緒に遊んだこと、同性の友達にからかわれて疎遠になったこと、そんな中で彼を見つめ続けていたこと」
 八重さんは神妙な表情で聞いています。八重さんはいつも話をする時に、決して話がひと段落つくまで自分の考えを挟まずに話をさせてくれます。それが私には嬉しいと思っています。
「きらめき高校に入学して、同じクラスになって、高校でも一緒に学校生活を送れるようになりました。そんな時、誠くんが眩しく感じられたのです。彼に追いつかなくちゃ、そう思いながら、一生懸命頑張りました。どうしても誠くんにつり合う女になりたかった…」
 自分以外の誰もが喋らないので、自分の声が妙に響いてくるような気がしました。
「私、誠くんが他の女の子に振り向いて欲しくない、誠くんには私だけを見つめて欲しい、それだけしか考えませんでした。そして…」
 私は一旦心を落ち着けるかのように言葉を切ってから、八重さんに向かって、
「私、やっぱり誠くんが大好き。世界中の誰よりも、誠くんと一緒にいたい。今日はあの伝説の樹で、私のこれまでの想いを彼に伝えたい。そして…」
 一瞬の静寂が私と八重さんの間を包みます。

「私、誠くんと付き合いたい!」

「やっぱり、私は彼を諦めて正解だったね」
 突然、さっき聞いたばかりのエンジェルボイスが響いてきました。
「た、館林さん!」
 ビックリしました。まさか今の話を聞かれていたとは思いませんでした。
「大丈夫ですよ。それだけの気持ちがあれば、絶対想いは叶いますよ」
「き、如月さん!」
「野望を達成させる時には、とにかく冷静でいること。そして絶対に諦めないこと。藤崎さんなら絶対にできると思うわ」
「紐緒さん!」
「藤 崎 さ ん は お っ し ゃ い ま し た 。 『 そ の 時 の 自 分 の 素 直 な 気 持 ち を 心 を 込 め て 伝 え て あ げ な い と 、 恐 ら く こ の あ と の 自 分 の 人 生 の 中 で 悔 い を 残 す だ ろ う と 思 う か ら … 』   私 も あ の 方 に 告 白 し て か ら 、 本 当 に 藤 崎 さ ん の 言 葉 が 身 に 染 み ま し た 」
「古式さん!」
「藤崎先輩、先輩は私に『こんな素敵な笑顔のできる女の子を振るなんて、私だったら絶対できないと思います。自信を持って、彼に自分の想いを伝えてあげて下さい』と言って下さいました。そんな思慮のある方こそ、私が彼の立場だったら絶対に振れないと思います。自信を持って下さい!」
「美咲さん!」
「し、詩織ちゃん… 私、詩織ちゃんに助けられてあの方に告白することが出来ました。今日告白したみんなが、詩織ちゃんにいい想い出を作ってあげたい、そう思って来てくれたんだよ。大丈夫、詩織ちゃんなら絶対に願いを叶えられると思います」
「メグ…」
「大丈夫、彼は絶対に藤崎さんを裏切らないよ。3年間彼を見て来た私が断言するんだから、間違いないよ」
「館林さん…」
 みんな、自分のことで大変だったはずなのに
 こんなに私のことを考えてくれるなんて、思ってもみませんでした。

「私、ほら、横山くんと話す機会が多かったから、彼の悩みとかも聞いていたんだ」
 一番後ろにいた虹野さんが話を切り出しました。
「虹野さん…」
「彼、悩んでいる時には結構私に相談しにきていたんだ。時には本音も結構言っていたりしていた。彼の話を聞いているうちに、なんだか辛い気持ちになってきたこともありました」
 私は何の話なのか、全く分からないでいました。
「その多くは、藤崎さん、あなたに関することだった。横山くん、すっごく悩んでいたよ。どうしたら自分が藤崎さんにつり合う男になれるのかな、って」
「うそ!」
 私はビックリしました。まさか誠くんがそんなことを考えていたなんて。
 私は誠くんに追いつきたくて一生懸命頑張っていました。だけど逆に誠くんも私に追いつきたくて一生懸命頑張っていたのです。
「私、横山くんに聞いたんだ。藤崎さんに直接悩みとかしないの? って。でも彼、私に言ったんだ。『今は詩織に甘えられない。詩織と付き合うことができれば恐らくこの先甘えることもあるのかも知れないけど、まだその資格も得ていないのに、詩織に甘えるのは自分が許せない』って」
「そんな…」
 自分も実はそうでした。
 私も誠くんに甘えることは出来ませんでした。それをすると、間違いなく自分が弱くなると思っていたから…
「私、ちょっと藤崎さんに妬けちゃった。そのとき私の好きだった彼がみのりちゃんと付き合うようになって、頭では割り切っていても心は忘れられない、そんな不安定だった時だったから… でも横山くんって、本当に一途なんだな、って話を聞いてて感心したの」
「そうだったんだ…」
「だからこそ、彼には幸せになって欲しい。彼の想いを遂げさせてあげたい。だから…」
 虹野さんはそう言ってから少し言葉を止めました。そして…

「藤崎さん、頑張って。大丈夫、横山くんはちゃんと藤崎さんを待ってくれていると思う」

「ありがとう」
 私はそう言って虹野さんに頭を下げた。
 気がつくと涙があふれていた。

「藤崎さん、藤崎さん… 北見です。俺からもちょっといいですか?」
 トランシーバーの向こうから、声が聞こえてきました。
「花桜梨がどうも話を聞かせてくれてたみたいで、今の話聞こえていました」
「うそ!」
 私はビックリした様子で八重さんをみました。
 八重さんは苦笑いをしていました。どうやら今のやりとりを聞かせていたようです。
「俺も花桜梨から告白されて、思ったことがありました」
 そう言って一旦言葉を切りました。自分の言葉を整理しているようです。
「俺は確かに花桜梨から『付き合いたい』と言われたいと思っていた。でもやっぱり不安はあった。本当に花桜梨、俺のことが好きなのかな? 花桜梨には申し訳ないけど、正直そう思った。だからひびきの高校の屋上で花桜梨から告白された時、本当に嬉しくて、思わず涙が出たのを覚えている」
 私は話の続きを真剣に聞いていました。
「今の藤崎さんの話は誠も聞いた。だけどここでは答えは藤崎さんには教えない。それは直接、藤崎さんが誠の口から聞いて欲しい。俺からは以上。あとは花桜梨、頼むよ」
 北見くんの話、すごく心に染みました。
 北見くんの話は、つまりは今の誠くんの気持ちそのままだったんでしょう。
 だからこそ、2人に自分の気持ちを伝えたかったのだと思いました。

「最後になったけど、私からもひとこと」
 八重さんがそう言って最後に話し出しました。
「藤崎さん、少しは緊張は取れた?」
 八重さんの質問に、私は黙って頷きました。
「良かった。ちょっとでも心に余裕があると、冷静に自分の気持ちを伝えられると思うから」
 八重さんは嬉しそうにそう言うと、真剣な表情にすぐ変わりました。
「私も呼人くんに告白した時、すごく緊張した。呼人くんも思っていたみたいだけど、私も自分が告白して、それで振られたらどうしよう、そう疑心暗鬼に陥ってた。ましてや私は友達に裏切られて人間不信に陥ったことがあったから、なおのこと、ね」
 八重さんの言葉に、私は真剣に聞き言っていました。
「だけど、呼人くんに告白して、彼からOKを貰えて心に余裕が出来た時、私は不意に思ったんだ。確かにありったけの勇気を振り絞って告白するのは大変だと思う。ましてやその先に真っ暗な人生が待ち構えている可能性も否定できないと思ったら。でも、本当に彼のことが大好きだと思ったら、自分のありったけの勇気を振り絞って、彼に思いを伝えるエネルギーを作るのも必要だと思う。それが上手くいったら、その経験は自分にとってすごく大切な、それこそかけがえのない大きな財産になるから」
 私は思わず頷いていました。
「今はだからあえて藤崎さんの想いをここで彼に伝えました。あとは彼が冷静に振り返って、自分の答えを藤崎さんに用意してくれると思う。あとは、本当に自分の勇気を振り絞って、自分の言葉で、自分の思いをもう一度彼に伝えて欲しいの。トランシーバ越しでなく、直接彼に」
「分かったわ」
 私は自分の心が妙に澄み渡っていくのが感じ取れました。
 八重さんは私に微笑を見せてから、トランシーバを顔に近づけ、トランシーバの向こうにいる北見くんに、
「呼人くん? こちら花桜梨。こっちの準備は出来たよ… うん、了解」
 と連絡していました。

「それじゃ藤崎さん、頑張って。そして戻ってきたら、いろんな話をしよう」
 八重さんの声に見送られて、私は伝説の樹に向かいました。
 そして…伝説の樹の陰に隠れました。
 そのうち、彼が近づく足音が聞こえてきました。
 もう一度、自分の言葉で、自分の思いを彼に伝えます。

「私、誠くんと付き合いたい!」

 と…。

―――――*―――――*―――――*―――――*―――――

 数日後、八重さんから郵便が届きました。
 封筒をあけると、あの時の写真がプリントアウトされていました。
 私の右隣に八重さんが、そして八重さんの隣に八重さんの彼氏になった北見くんが、お互いの腰に手を回しながらどちらも笑顔で映っていました。
 そして私の周りには、3組のカップルが映っています。

 虹野さんと「虹野ももんが」さん
 古式さんと「R-chan」さん
 如月さんと好雄くん…

 そして封筒にはもう1枚写真がありました。
 こちらも私と八重さん、北見くんは一緒に写っています。
 そしてこちらには4組のカップルが写っていました。 

 紐緒さんと「ヒラタツ」さん
 美咲さんと「流離いの剣士」さん
 メグと「箕や」さん
 そして館林さんと「まありんこん♪」さん…

 どのカップルも、本当にこぼれるばかりの笑顔をみせていました。
 ちなみに最初の写真は美咲さんが、2枚目の写真は虹野さんが写しました。
 本当に幸せいっぱいの写真です。

「詩織、何を見ているんだ? …ああ、あの時の…」
 気がつくと、誠くんが私の左隣に立っていました。
「あっ、誠… 虹野さんと美咲さん、結構上手く撮ってくれたね」
 私は嬉しそうに誠くんに顔を向けて答えました。
「そうだね。みんな幸せそうな表情をみせているよね」
 誠くんはそう言って私の隣に座り、笑顔で一緒に写真を見つめました。
 私も誠くんと一緒に、彼が持った写真を笑顔で見つめました。

 そう、写真の中でお互いに肩を組みながら、一緒に写っているカップルの笑顔よりも遥かに嬉しそうな表情でカメラを見つめている私と誠くんのように…。


(編集後記)
 とうとう「卒業式の日の藤崎詩織」も終わってしまいました。
 何だか感慨に耽りますね。これだけ引き延ばすと長期の連載になると。

 それにしても大胆な企画を組んだものです。
 SSに実在の人物を入れるという大胆不敵な試みを入れるなんて。
 まあ仕事が早ければ問題はなかったのですが、いろいろと余計なことをやっているうちにこんなになってしまいました。
 その間にいろんなこともありました。
 でも何とか形にできたことは何よりも嬉しいです。
 今回は本当に虹野ももんが様、ヒラタツ様、R-chan館長様、流離いの剣士様、箕や様、そしてまありんこん♪様には本当にお世話になりました&御迷惑をおかけしました。

 それにしても…
 こんな企画をもう一度、は難しいかも知れませんね。
 まあやってもいいのですが。
 さすがに最近は手抜きの様相が濃くなったので、最終幕だけは特にオリジナルで作ってみましたが、これでいいのか今も気になります。
 告白の場面をカットしたのは、実は手を抜きたかった一回花桜梨に詩織の気持ちを流させてしまったのと、結末を「その後」で語ってみるのも面白かったかな、と思ったからです。
 でもこれが私にとっては一番いい形ではなかったんじゃないかな、と。詩織に励まされて想いを成就できた女の子たちが、今度は詩織の想いを成就できるように助ける、といったシナリオはなかなか良かったんじゃないかな、と思います。

 でもここまできて振られたらどうなっていたでしょうかw
 そのストーリーも書いてみたかったですね(マテ)

 いずれにしても、これで少しは気が落ちつきました。
 さて… それではお仕事お仕事!ww

平成18年2月26日(日)11時36分 脱稿
「卒業式の日の藤崎詩織」(スーパー白鳥13号)

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